2008年
03月
23日
(日)
00:23 |
編集
当店にRCA社のLC-1というスピーカー(以下SP)がある。メインの試聴室にあるSPで、最近ようやくお客様からこの音の評価があがってきた。
RCA社はご存知の人も多いと思うが、米国の主に業務用のオーディオを手がけてきた。このLC-1というSPもラジオ局やスタジオで好んで使用されていたものだ。アルテックやウエスタン・エレクトリック(以下WE)・JBLとはまったく違うなり方がする。いわば対極の評価がされている。WEのSPが細かな音まで表現されるのに対して、LC-1はバランスの良く、そこに音楽があるといわれてる。一音一音の明瞭度はWEが勝るが、LC-1はモニターSPといっても細かな音の表現はあまり得意ではなく、音楽を表現するSPである。
製作されたのは1960年代、モノラルからステレオへ移行する時代に重なる。当時はステレオ録音がそろそろ主流にとってかわるころだった。モノラル録音でもステレオ録音でもモニターSPとして役割を果たす必要を迫られていた。故にとてつもなくバランスのよいSPとして仕上がっている。
さて、ここで言うバランスとは一体何だろう。
ステレオが発明された理由のひとつは、簡単に量感や立体感を出したいと考えたからだ。
例えば自宅の装置でモノラル録音のものを聴いたとき、ステレオと間違えるくらいの奥行きとか定位感とかが表現されているだろうか。もしそれが表現されていればモノラルで充分、録音もセッティングもSPもひとつで充分である。ステレオにする必要はない。ただ、録音も楽にリアリティを求めたり、簡単に装置もリアリティを求めたりするにはステレオのほうが楽で、そういったことから今では圧倒的にステレオが主流になってしまった。
かつてモノラルが主体の頃にステレオを出したとき、バランスのとり方に難儀した。ステレオをひとつの音として出るのに違和感があった。ステレオでもモノラル的なリアリティを求めた。そうしてできたのがLC-1だ。2WAYなのだが同軸のようになっている。
ステレオとはもともとひとつのはずの音源を二つに分ける。右と左の音が重なったところはよく聴くとにじんで聴こえる。これはよっぽど耳がよくないとわからないだろうし、モノラルを聴き続けていないと気がつかないだろう。そして、優れたモノラル装置はステレオと聴き違うほどに奥行きや定位感がリアルに表現されている。
LC-1のバランスの良さはモノラルに通じる。左右から出る音がセンターに浮いてひとつの音として聴こえる。当時はステレオとモノラルが混在し、両者を同様にバランスよく鳴らすことに技術者たちは心血を注いだ。しかし今はステレオの全盛期だ。現代のSPは3WAYの上にさらにスーパーツィータ・スーパーウーハをつける華やかさである。ひとつの音を二つから四つ、六つ…と倍々に増えている。果たしてそのバランスはどのように判断できるのであろうか。
当店にソナス・ファベールの小型SPがあるが、これについている取説にはSPスタンドの高さ・SPのポジションとリスニングのポイント・周波数のグラフが描いてある。セッティングをメーカーに示されないとよいバランスは得られないということだろうか。周波数を測定しないと音の確認はできないということだろうか。
左右のバランスだけではない。高域・低域・中域のつながりがどうなのか。奥行は、リアリティは…。
古いモノラルの蓄音機から聴こえる生々しい音を聴いたことがあるだろうか。ナチュラルで音楽性に溢れた音だ。
20センチ程度の小型のフルレンジSPを満足に鳴らすことができるだろうか。アンプの選択・ケーブルの選択・SPや部屋のセッティング…これらで音はどうとでもなるものだ。
結局、我々が判断しようとするのなら、古いものから学ぶことが最適と私は考える。
古いものには基本が詰まっている。先人たちは自らの耳を頼りに音を判断し調整した。古いものの音の出る仕組みを学んでこそ、現代の装置を自在に扱い、自分の好みの音に料理できるというものだ。
当店にあるLC-1にしてもいくらバランスがよく音楽性に溢れるといっても、置いてすぐそんな音が出るわけではない。古いものから基本を学び、体得し、現代のものであるAH!のアンプやプレイヤーと組み合わせ、ようやく鳴るようになったのである。そして現状に納得はできても、満足するわけにはいかないのも、オーディオに対する基本的な姿勢である。
RCA社はご存知の人も多いと思うが、米国の主に業務用のオーディオを手がけてきた。このLC-1というSPもラジオ局やスタジオで好んで使用されていたものだ。アルテックやウエスタン・エレクトリック(以下WE)・JBLとはまったく違うなり方がする。いわば対極の評価がされている。WEのSPが細かな音まで表現されるのに対して、LC-1はバランスの良く、そこに音楽があるといわれてる。一音一音の明瞭度はWEが勝るが、LC-1はモニターSPといっても細かな音の表現はあまり得意ではなく、音楽を表現するSPである。
製作されたのは1960年代、モノラルからステレオへ移行する時代に重なる。当時はステレオ録音がそろそろ主流にとってかわるころだった。モノラル録音でもステレオ録音でもモニターSPとして役割を果たす必要を迫られていた。故にとてつもなくバランスのよいSPとして仕上がっている。
さて、ここで言うバランスとは一体何だろう。
ステレオが発明された理由のひとつは、簡単に量感や立体感を出したいと考えたからだ。
例えば自宅の装置でモノラル録音のものを聴いたとき、ステレオと間違えるくらいの奥行きとか定位感とかが表現されているだろうか。もしそれが表現されていればモノラルで充分、録音もセッティングもSPもひとつで充分である。ステレオにする必要はない。ただ、録音も楽にリアリティを求めたり、簡単に装置もリアリティを求めたりするにはステレオのほうが楽で、そういったことから今では圧倒的にステレオが主流になってしまった。
かつてモノラルが主体の頃にステレオを出したとき、バランスのとり方に難儀した。ステレオをひとつの音として出るのに違和感があった。ステレオでもモノラル的なリアリティを求めた。そうしてできたのがLC-1だ。2WAYなのだが同軸のようになっている。
ステレオとはもともとひとつのはずの音源を二つに分ける。右と左の音が重なったところはよく聴くとにじんで聴こえる。これはよっぽど耳がよくないとわからないだろうし、モノラルを聴き続けていないと気がつかないだろう。そして、優れたモノラル装置はステレオと聴き違うほどに奥行きや定位感がリアルに表現されている。
LC-1のバランスの良さはモノラルに通じる。左右から出る音がセンターに浮いてひとつの音として聴こえる。当時はステレオとモノラルが混在し、両者を同様にバランスよく鳴らすことに技術者たちは心血を注いだ。しかし今はステレオの全盛期だ。現代のSPは3WAYの上にさらにスーパーツィータ・スーパーウーハをつける華やかさである。ひとつの音を二つから四つ、六つ…と倍々に増えている。果たしてそのバランスはどのように判断できるのであろうか。
当店にソナス・ファベールの小型SPがあるが、これについている取説にはSPスタンドの高さ・SPのポジションとリスニングのポイント・周波数のグラフが描いてある。セッティングをメーカーに示されないとよいバランスは得られないということだろうか。周波数を測定しないと音の確認はできないということだろうか。
左右のバランスだけではない。高域・低域・中域のつながりがどうなのか。奥行は、リアリティは…。
古いモノラルの蓄音機から聴こえる生々しい音を聴いたことがあるだろうか。ナチュラルで音楽性に溢れた音だ。
20センチ程度の小型のフルレンジSPを満足に鳴らすことができるだろうか。アンプの選択・ケーブルの選択・SPや部屋のセッティング…これらで音はどうとでもなるものだ。
結局、我々が判断しようとするのなら、古いものから学ぶことが最適と私は考える。
古いものには基本が詰まっている。先人たちは自らの耳を頼りに音を判断し調整した。古いものの音の出る仕組みを学んでこそ、現代の装置を自在に扱い、自分の好みの音に料理できるというものだ。
当店にあるLC-1にしてもいくらバランスがよく音楽性に溢れるといっても、置いてすぐそんな音が出るわけではない。古いものから基本を学び、体得し、現代のものであるAH!のアンプやプレイヤーと組み合わせ、ようやく鳴るようになったのである。そして現状に納得はできても、満足するわけにはいかないのも、オーディオに対する基本的な姿勢である。
2006年
12月
02日
(土)
19:58 |
編集
ただいま、我が視聴室をリニューアルしている。それに伴ってHPもリニューアルしようとしている。
そのため、ブログの更新も間があいてしまった。
先日、新たなスピーカー、ソナスファベールがとどいた。一般的な小さなソナスだ。
ソナスファベールはAH!のチーフエンジニアであるMarcel Croeseがモニター用として使っている。ソナスは弦楽器やボーカルは艶やかで良いが、エネルギー感がなく、少しぬるい音がする、と一般に評価されている。日本製のアンプであったり、マッキンやマランツのアンプで鳴らすと、このような現象になると考える。
プレイヤーはNT4000superb、アンプは来年発売予定のDialogue oneだ。
ソナスは音楽性、バランスは素晴らしいのだが、はじける音、スピードに欠ける。まず、これを良くしようと悪戦苦闘だった。ケーブルの交換・スピーカーの位置など、細かな調整を行う
そして、なんと言ってもベリヒテンを駆使しての防振清流対策である。
数日のエージングののち、細かく諸条件を変えていき、ようやく納得のいく音がではじめた。
それは、いままで聴いたことのないような、静かで力強い音だった。
アンプとプレイヤーとスピーカーの絶妙なバランスの上に奏でられる音。
「こんな音がこのCDに入っていたのか」という驚き。
どんなシステムでも聴いたことのない、滑らかさと気高さ。
私の中で重要なことは、装置の古い、新しいは関係なく、音楽がどう表現されるかである。
まず中域にエネルギーがあり、高域に変な癖がないものが、私の考える良い音の最低条件だ。
そして、その装置の持つポテンシャルを最大限に引き出すのが、セッティングの妙、ベリヒテンの役割である。
ベリヒテンが優れているのは、いらないものを足さないことだ。その整振・清流効果は何かで押さえつけて整えさせるのではなく、より自然でフラットな状態へ導く。それゆえにいくつ使っても、使えば使うほど効果が増す。
ソナスファベールははじめはバランスがとり辛く、量感が出すぎて低域が甘かった。ベリヒテンを使うことで繊細で滑らかに変わった。
短所を長所にする。欠点として捉えていたものをその装置の特徴として最大限に引き出す。
その結果、ソナスファベールは低域が締り、かなり低い低域も表現された。小さなスピーカーにもかかわらず、とてつもないスケールで鳴り出した。Marcel Croeseが使っているのが理解できる。
そのため、ブログの更新も間があいてしまった。
先日、新たなスピーカー、ソナスファベールがとどいた。一般的な小さなソナスだ。
ソナスファベールはAH!のチーフエンジニアであるMarcel Croeseがモニター用として使っている。ソナスは弦楽器やボーカルは艶やかで良いが、エネルギー感がなく、少しぬるい音がする、と一般に評価されている。日本製のアンプであったり、マッキンやマランツのアンプで鳴らすと、このような現象になると考える。
プレイヤーはNT4000superb、アンプは来年発売予定のDialogue oneだ。
ソナスは音楽性、バランスは素晴らしいのだが、はじける音、スピードに欠ける。まず、これを良くしようと悪戦苦闘だった。ケーブルの交換・スピーカーの位置など、細かな調整を行う
そして、なんと言ってもベリヒテンを駆使しての防振清流対策である。
数日のエージングののち、細かく諸条件を変えていき、ようやく納得のいく音がではじめた。
それは、いままで聴いたことのないような、静かで力強い音だった。
アンプとプレイヤーとスピーカーの絶妙なバランスの上に奏でられる音。
「こんな音がこのCDに入っていたのか」という驚き。
どんなシステムでも聴いたことのない、滑らかさと気高さ。
私の中で重要なことは、装置の古い、新しいは関係なく、音楽がどう表現されるかである。
まず中域にエネルギーがあり、高域に変な癖がないものが、私の考える良い音の最低条件だ。
そして、その装置の持つポテンシャルを最大限に引き出すのが、セッティングの妙、ベリヒテンの役割である。
ベリヒテンが優れているのは、いらないものを足さないことだ。その整振・清流効果は何かで押さえつけて整えさせるのではなく、より自然でフラットな状態へ導く。それゆえにいくつ使っても、使えば使うほど効果が増す。
ソナスファベールははじめはバランスがとり辛く、量感が出すぎて低域が甘かった。ベリヒテンを使うことで繊細で滑らかに変わった。
短所を長所にする。欠点として捉えていたものをその装置の特徴として最大限に引き出す。
その結果、ソナスファベールは低域が締り、かなり低い低域も表現された。小さなスピーカーにもかかわらず、とてつもないスケールで鳴り出した。Marcel Croeseが使っているのが理解できる。
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