AH!広島ショップ
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ドイツビンテージスピーカー
2008年 08月 23日 (土) 08:24 | 編集
8月初旬よりAH!広島ショップにおいて、本格的にドイツビンテージスピーカーの仕入れ、販売を開始した。ぼつぼつと問い合わせも来ている。嬉しいことだ。
店での試聴用にアメリカ・イギリス・イタリア・ドイツといった各国のスピーカー(以下SP)を揃えてはいたが、販売用にどういったSPを扱っていこうかと悩むところがあった。海外の新しいメーカーのSPを仕入れてみてもなかなかしっくりとくるものがないのだった。AH!と同様に世界に通じる、世界から評価を受けるものを販売したいと思っていたところ、ドイツのコレクターから素晴らしいビンテージスピーカーを譲っていただくことが出来るようになった。
第一弾としてフィールドSPやツィーターなどを仕入れた。そしてこのたびは日本でも人気の高い1950年代のSPや前回想像以上に問い合わせの多かったツィーターを数セット入荷することとした。

ドイツビンテージスピーカーについては、日本ではその真価がきちんと評価されているとは言いがたいところもある。果たしてこれらのSPを熟知し、鳴らす環境を整え、そうした後に評価を行っているとは思えないのだ。ドイツSPはクールで無表情、それに比べてアメリカのSPは温かみあって抑揚が大きいという人がいる。その評価は的を射てはいない。
誠文堂新光社のプレミアムオーディオ№2に「クラングフィルムの系譜」という興味深い記事がある。ここにいくつかのSPの図面や外観の写真が掲載されている。ここから推察されることは、この時代の人々はSPを箱に入れるという考えをもっていなかったということである。SPはそのユニットのまま、板につけたり、柱に固定されたり、エンクロージャー(とじこめるもの)が存在していないのだ。
箱を用いてドイツビンテージスピーカーを鳴らすのはかなりの困難を極める。
低音がやたら強調されたり、高音が詰ったりする。フィールドSPはとても早い音にもかかわらず、音のきれは冴えない。こうしたことはドイツビンテージスピーカーを現在ご使用の方なら、うすうす感じているのではないかと思う。
例えば、テレフンケンなどは高音は出ないと一般に言われる。だが木の板では高音に変なピークをつけていることを理解できているだろうか。
ナチュラルな響きの高音はすぐに阻害されやすく、高音が出ていないように感じる。高音は出ているのだがそれが阻害されている、と分かる耳をもつことは簡単で難しいことだ。邪道だが、すぐれたツィーターを足せばこの問題はすこしは解決する。
そうしたことよりも、手前味噌だが、ベリヒテンバッフルを1度使用したら、すべて簡単に納得できる。
綺麗な中低音が出れば高音も出る。これが過渡特性のよいことにも繋がる。

あらためて言うならば、ドイツビンテージスピーカーは飾り気のない普通の音、ということだ。明快な高音でもなく、腹部に響く低音でもなく、どこも強調されることのない音だ。
傾向としてはウエスタンエレクトリック(以下WE)と似ていると言えなくもない。というよりドイツフィールドスピーカーが1930年代の製造であることから、WEなどもこれに学んだと考えるのが妥当であろう。当店の試聴室にあるWE555やRCA・MI‐1444の音の出方もテレフンケンに少し似ている。
 しかし、音質について言うならばドイツビンテージスピーカーはまさに多彩。どれを聴いても飽きることのない、次々と違うものを手にして聴いてみたくなるような、魅力的な音に溢れている。
ひとつの音楽、ひとつの楽曲をそれぞれのSPが個性豊かに表現する。まさにSPがひとつの楽器の様を呈している。
モーツァルトも演奏家や楽器によって違いがあるのと同様に、それぞれのSPでそれぞれに違った表現、そのSPでしか聴くことのできない音があるのだ。

 私の好きなクリフォード・ブラウンがなぜボーカリストやバイオリンとコラボしたのか、ブルーノート・プレイステージを中心とした録音ではなく、エマーシーというレーベルを選んだのか、このテレフンケン12インチを聴くと理解できた気がする。
 ホーンスピーカーでないとトランペット(金属)の音は出ないと言う人もいる。だが私は現在所有しているJBLオリンパスやWE555+16Aホーンよりもテレフンケンのほうがずっと生々しく聴こえるのだ。

 この音を是非みなに聴いてもらいたい。AH!もそうだが、これらドイツビンテージスピーカーもなんら修飾されないいわゆる普通の音だ。この“普通の音”が真に生々しい音であり、豊かな音であり、“普遍”の音だ。
当店とお付き合いいただき、ご来店いただき、じっくりと音を聴いていただけるのなら、きっとどなたにでもこの“普通の音”の素晴らしさが理解できるだろう。この音の良さを理解すればするほど“普通の音”が好きになるに違いない。
 だが、この“普通の音”を出すためには相当無駄な努力(無駄ではないが…笑)と苦労と知恵も必要だ。
そしてもうひとつ、このオーディオバカの言うことを最後まで信じてみようかという人間性と・・・。

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音のバランス 音の基本
2008年 03月 23日 (日) 00:23 | 編集
当店にRCA社のLC-1というスピーカー(以下SP)がある。メインの試聴室にあるSPで、最近ようやくお客様からこの音の評価があがってきた。
RCA社はご存知の人も多いと思うが、米国の主に業務用のオーディオを手がけてきた。このLC-1というSPもラジオ局やスタジオで好んで使用されていたものだ。アルテックやウエスタン・エレクトリック(以下WE)・JBLとはまったく違うなり方がする。いわば対極の評価がされている。WEのSPが細かな音まで表現されるのに対して、LC-1はバランスの良く、そこに音楽があるといわれてる。一音一音の明瞭度はWEが勝るが、LC-1はモニターSPといっても細かな音の表現はあまり得意ではなく、音楽を表現するSPである。

製作されたのは1960年代、モノラルからステレオへ移行する時代に重なる。当時はステレオ録音がそろそろ主流にとってかわるころだった。モノラル録音でもステレオ録音でもモニターSPとして役割を果たす必要を迫られていた。故にとてつもなくバランスのよいSPとして仕上がっている。
さて、ここで言うバランスとは一体何だろう。

ステレオが発明された理由のひとつは、簡単に量感や立体感を出したいと考えたからだ。
例えば自宅の装置でモノラル録音のものを聴いたとき、ステレオと間違えるくらいの奥行きとか定位感とかが表現されているだろうか。もしそれが表現されていればモノラルで充分、録音もセッティングもSPもひとつで充分である。ステレオにする必要はない。ただ、録音も楽にリアリティを求めたり、簡単に装置もリアリティを求めたりするにはステレオのほうが楽で、そういったことから今では圧倒的にステレオが主流になってしまった。
かつてモノラルが主体の頃にステレオを出したとき、バランスのとり方に難儀した。ステレオをひとつの音として出るのに違和感があった。ステレオでもモノラル的なリアリティを求めた。そうしてできたのがLC-1だ。2WAYなのだが同軸のようになっている。
ステレオとはもともとひとつのはずの音源を二つに分ける。右と左の音が重なったところはよく聴くとにじんで聴こえる。これはよっぽど耳がよくないとわからないだろうし、モノラルを聴き続けていないと気がつかないだろう。そして、優れたモノラル装置はステレオと聴き違うほどに奥行きや定位感がリアルに表現されている。

LC-1のバランスの良さはモノラルに通じる。左右から出る音がセンターに浮いてひとつの音として聴こえる。当時はステレオとモノラルが混在し、両者を同様にバランスよく鳴らすことに技術者たちは心血を注いだ。しかし今はステレオの全盛期だ。現代のSPは3WAYの上にさらにスーパーツィータ・スーパーウーハをつける華やかさである。ひとつの音を二つから四つ、六つ…と倍々に増えている。果たしてそのバランスはどのように判断できるのであろうか。
当店にソナス・ファベールの小型SPがあるが、これについている取説にはSPスタンドの高さ・SPのポジションとリスニングのポイント・周波数のグラフが描いてある。セッティングをメーカーに示されないとよいバランスは得られないということだろうか。周波数を測定しないと音の確認はできないということだろうか。
左右のバランスだけではない。高域・低域・中域のつながりがどうなのか。奥行は、リアリティは…。

古いモノラルの蓄音機から聴こえる生々しい音を聴いたことがあるだろうか。ナチュラルで音楽性に溢れた音だ。
20センチ程度の小型のフルレンジSPを満足に鳴らすことができるだろうか。アンプの選択・ケーブルの選択・SPや部屋のセッティング…これらで音はどうとでもなるものだ。

結局、我々が判断しようとするのなら、古いものから学ぶことが最適と私は考える。
古いものには基本が詰まっている。先人たちは自らの耳を頼りに音を判断し調整した。古いものの音の出る仕組みを学んでこそ、現代の装置を自在に扱い、自分の好みの音に料理できるというものだ。

当店にあるLC-1にしてもいくらバランスがよく音楽性に溢れるといっても、置いてすぐそんな音が出るわけではない。古いものから基本を学び、体得し、現代のものであるAH!のアンプやプレイヤーと組み合わせ、ようやく鳴るようになったのである。そして現状に納得はできても、満足するわけにはいかないのも、オーディオに対する基本的な姿勢である。
視聴室リニューアル
2006年 12月 02日 (土) 19:58 | 編集
ただいま、我が視聴室をリニューアルしている。それに伴ってHPもリニューアルしようとしている。
そのため、ブログの更新も間があいてしまった。

先日、新たなスピーカー、ソナスファベールがとどいた。一般的な小さなソナスだ。
ソナスファベールはAH!のチーフエンジニアであるMarcel Croeseがモニター用として使っている。ソナスは弦楽器やボーカルは艶やかで良いが、エネルギー感がなく、少しぬるい音がする、と一般に評価されている。日本製のアンプであったり、マッキンやマランツのアンプで鳴らすと、このような現象になると考える。

プレイヤーはNT4000superb、アンプは来年発売予定のDialogue oneだ。
ソナスは音楽性、バランスは素晴らしいのだが、はじける音、スピードに欠ける。まず、これを良くしようと悪戦苦闘だった。ケーブルの交換・スピーカーの位置など、細かな調整を行う
そして、なんと言ってもベリヒテンを駆使しての防振清流対策である。
数日のエージングののち、細かく諸条件を変えていき、ようやく納得のいく音がではじめた。
それは、いままで聴いたことのないような、静かで力強い音だった。
アンプとプレイヤーとスピーカーの絶妙なバランスの上に奏でられる音。
「こんな音がこのCDに入っていたのか」という驚き。
どんなシステムでも聴いたことのない、滑らかさと気高さ。

私の中で重要なことは、装置の古い、新しいは関係なく、音楽がどう表現されるかである。
まず中域にエネルギーがあり、高域に変な癖がないものが、私の考える良い音の最低条件だ。
そして、その装置の持つポテンシャルを最大限に引き出すのが、セッティングの妙、ベリヒテンの役割である。
ベリヒテンが優れているのは、いらないものを足さないことだ。その整振・清流効果は何かで押さえつけて整えさせるのではなく、より自然でフラットな状態へ導く。それゆえにいくつ使っても、使えば使うほど効果が増す。

ソナスファベールははじめはバランスがとり辛く、量感が出すぎて低域が甘かった。ベリヒテンを使うことで繊細で滑らかに変わった。
短所を長所にする。欠点として捉えていたものをその装置の特徴として最大限に引き出す。
その結果、ソナスファベールは低域が締り、かなり低い低域も表現された。小さなスピーカーにもかかわらず、とてつもないスケールで鳴り出した。Marcel Croeseが使っているのが理解できる。

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