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小音量のリアリティ その3
2007年 04月 30日 (月) 22:56 | 編集
小音量でいい音にするためにはスピーカーを充分に駆動させることである。
そしてそのためにはアンプとプレイヤーが必要。いいアンプといいプレイヤーを選べば、いい音でなる。
 いいアンプとは、中域が厚く、解像力があり、音楽性のあるアンプ。音楽性を得ようとするならサウンドステージの明確化と高域のエネルギー・低域のスピードが要求される。
 いいプレイヤーについて、よく情報量の話を聞く。それも必要ではあるが、忘れてならないのが低域のしまり、にじみのない高域だ。これらを出せるのがいいプレイヤーである。

そして、それらにもまして重要なのが、装置本来の音を引き出すためのノウハウと、その装置の使い手の技術力である。
これを教えてくれるオーディオショップはほとんどない。言い換えるなら、オーディオの調律ということを真剣に取り組む人が少ないということである。 装置を置けば音が出るというのは大きな間違いである。 どんなに有名な名楽器でも調律しなければまともに鳴らない。これは楽器を演奏する人にとってはしごく当たり前なことだ。だが、日本におけるオーディオマニアはなかなかそこに着目できない。

オーディオの調律とは一体どのようなものか。

音をよくするためのグッズというものはいろいろと販売されている。それを使って音の変化を感じることはできる。しかし “良くなった”のか“悪くなった”のか判断つきかねているオーディオマニアを目にするものもまた現実である。どんなによいグッズでも、使用の目的と方法が適切でなければ、音を小さくしたときに、まともに鳴らない。
 
あるオーディオグッズがある。そのグッズを多用するほどに、必要な音が現存し、くせがなくなるのなら、それは装置本来の音であり、グッズの個性は消える。

ヴォリュームを下げていくと、低域の音、高域の音というものは聞こえにくくなる。これもまたしごく当たり前の話。
たとえ高域・低域が聞こえなくとも物足りなくなく、満足いく音というのがいい音である。それは中域がしっかり出ているからである。

なぜこのように中域に固執するのか。それは中域こそが音楽の中心であるからだ。
以下はAH!NT4000の評価記事の引用である


疑う余地のなく、人を引き付ける魅力はミッドレンジ。(中略)
それはまさに楽器の肉体の部分であるからである。オーケストラの平均スペクトラムは400~500Hzがピーク。それから周波数が高くなるにつれて減少する。2.5KHz~3Khzではピーク時の20Db以下。もちろんローミッドレンジは基本音として、そして第一倍音として豊富である。特に262Hz~330Hz(C4~E4)のレンジはすべてのボイスの共通周波数。 私の辞書では、もし機器がミッドレンジが正確でないなら、周波数の伸び、イメージング、その他すべて非常に少ないものとなる。ミッドレンジこそがものごとのすべての心臓部である。

 
 小音量にすることで、高低域の聞こえにくくし、中域を浮かび上がらせる。たとえ高低域の音がなかろうとも音楽の中心である中域が充分に音がでているのであれば、なんら物足りなくはない。小音量にしたときそういった満足感が得られるのなら、その装置はバランスの取れたいい装置といえる。

音の満足感を得るために、スーパーツィータやスーパーウーハをつける人がいる。小音量で聴いたときそれらはあまり意味を成さなくなる。音楽のリアリティは中域にあり、中域の満足感こそが音楽を楽しむ根源ともいえる。

小音量のリアリティとはオーディオを調律する上でのキーワードである。

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