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独りよがりのオーディオにならないために
2007年 08月 17日 (金) 13:55 | 編集
ひとりで音の調整をつめていると、一体何をしているのかわからなくなることがある。
もう少し高域を出そうとしてチューニングをするうちに低域に物足りなさを感じ、そうこうすると気がつけば全体のバランスを欠いてしまっているとか。音の明瞭度が上がった(ここのシンバルがよく聴こえるとか)などの小さな変化には敏感だが、その変化がいいものなのか悪いものなのか、もとい、好きな変化か嫌いな変化か、判断つかなくなってしまっているとか。

音を聴き取るというのは結局は主観であり、自分が聴いて感じることがすべてである。そういった意味では一人で音を極めて、一人でその音に満足することも間違いとはいえない。自分の耳に届くものが心地よければいいのだから。
だが、そんな人はほとんどいないだろう。私の知る限りオーディオマニアとは自己顕示欲が強く探究心も旺盛なものだ。

私にも幾人かのオーディオ仲間がいる。新しい装置を入れ、調律を行っては、聴きに来いと電話を入れる。彼らとともに音を語りまた新たな調律を開始する。自分以外の誰かに装置の音を聴いてもらうことで客観的な判断が加わる。自分の音の方向性を再認識することができるのだ。
私もまたオーディオ仲間のもとを訪問する。彼らの装置やその調律の能力に敬意を払う。(私の友人は悔しいほどにいい音を出している)

当店を訪れる人の意見はおおまかに二分される。もう少しこうなるといい、といったふうに対策めいたことを言う人。この装置ではこう聴こえる、と出てくる音の特性を聴こうとする人。前者のようなあら探し的なことを言う人ほど、そういった人の家を訪れるとたいていバランスの悪い音の鳴り方をしている。自分のやり方が一番、と思っているのかそうでないのか。少なくとも、様々な装置や人から学ぼうという姿勢が感じられない。
自分の出す音はもっと良くなる。当たり前だが向上心と探究心と他人の話を受け入れる謙虚さが大切なのだと思う。

極めつけは素人の意見だ。
高域だの低域だの位相だのそんなことは知りもしない人の感想。これほど一喜一憂させられるものもない。素直に「いい音ですね」といわれることがなによりうれしい。
家人の意見は辛辣だ。遠慮も容赦も専門用語もない。「きつい」「うるさい」ばっさり切られる。悔しくもなぜだか従わざるを得ない。

こうして私が装置を聴きに行ったり聴かせたりするのはなによりそれが楽しいからであるが、何かしらの客観的な判断を求めたいからである。
いろいろな装置に耳を傾けいろいろな音を知り、意見をたたかわせ、更なるいい音を求める。
同じ音を仲間と聴き、どのように聴こえるのかを語り合う。自らの知識と技術を総動員するなんともスリリングなディスカッションである。
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