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音と響きについて
2008年 11月 01日 (土) 00:18 | 編集
オーディオが好きなひとは音楽好きでもあってほしいと思うが、どうしたことか音好きなひとが多い。

最近わたしがよく掲示板でも言っていることだが、TON(トーン、音)とKLANG(クラング、響き)を区別し聴くことが大切だ。
オーディオ装置の性能を良くすることと、響きをリアルにするのとは似ているようで少し違う。
性能が上がれば音がよくなると言い切ることはできない。
私の言うKLANG(響き)がきれいに聴こえるものではない。
KLANGについて的確に理解し、KLANGを聴くことができる装置を持ち、またKLANGをききわけることができる人がどれほどいるのであろうか。
楽器を演奏する人もしかり。
多くの演奏家とも話をする機会があるが、KLANGを理解する人は少ないと感じる。
言い換えると、響き(KLANG)こそが音楽の命、と考える人が少ない、と思うのだ。


現在の日本のオーディオの表現は足し算が多いと思う。
高域を足せば!
低域を足せば!
その足し方には間違いがあるのではないだろうか?
足すという発想そのものが間違いではないだろうか?
音の線を細くすることが、鋭さや繊細さを出すと思っていないだろうか?
そしてそもそも、自分の出している音に疑問を持つ人がどれほどいるだろうか?
日本のオーディオの姿に多くの疑問を抱き、そこからひとつひとつ私なりの答えを出してきた。

にじんだ味付けの音を聴かれている人に、響きの話をしてもなかなか理解されない。
高域が明瞭なことと、にじみのあることが聞き分けられないと、わからないことだろう。
当店に来店いただくお客様に、簡単な聴きくらべをしてもらうことがよくある。
この音の変化に驚き、感動するかどうかは、その人の求める音楽に比例すると思ってしまう。
装置を換えて音のレベルを上げるのはわかりやすいし、楽しい。しかし、現在使っている装置のレベルアップを試みることは、高い感性と技術力が必要となる。こと、音楽性をあげようとするのなら、「音が変わった」と捉えるのでなく、どのように変化をしたのかを感じとることが大切なのではないか。
これはなかなか文章にして伝えるのも難しいのだが・・・。
それは決して足し算的な変わり方では無意味だ。
むしろ引き算、要らないものを一つ一つ剥ぎ取る作業に似る。
「細かな音は聞き取れるようになったし、明瞭度も上がった」とするのではなく、「静かになり、音楽に深さが出て、サウンドステージがリアルに表現された」と聴きとれたら本物だ。
響きがきれいになると、最初は低域を物足りなく感じる人が多い。それは高域のにじみによって生じた低域のよどみが取り払われたことによる。「高域のピーク」というにじみ、「量感」という遅いスピードの低域。音をきれいに響かせるということはそうした「音の味付け」を取り払うことだ。本来の音を味わうことだ。すなわち、純粋に音楽を楽しむということだ。
だが、「明瞭な高域」や「重量感のある低域」を美しい音、臨場感のある音、という人も多い。私はそれを残念に感じる。オーディオの基本はTON(音)とKLANG(響き)を区別して聴き、KLANG(響き)を楽しむものだと考えるからだ。

「ドンシャリの音は好きではない」という人は多い。
私が「響きが大切ですよ」というのに反論しての発言であろう。
だが、そうした人も「柔らかく聴こえるドンシャリの音」を聴いていたりする。高域にピークがあっても、にじんでいると柔らかく聴こえる。そうした人の所有するCDはやはり高域に癖のあるものが多く、当店の装置で聴くとCDのノイズが気になることになる。それは大体において録音に原因があるのだが、当店の装置のせいにされることは少なくない。そうした人ほど自身の装置に自信がある。実のところ付帯な音にまみれているのだが、そのノイズを聴きわけられず、にじんだ音を柔らかい音と勘違いしてるとは夢にも思わないのだ。
本物を理解するには、それなりの経験(使い方)と自由度と発想力が必要だ。ある意味無駄な努力、まわり道もいるだろう。そしてそれ以上に大切なのは素直な心だ。
新たな発見に感動する心で、耳の痛い話には真剣に向き合う気持ちだ。(もちろん誹謗中傷は別である)

このごろドイツビンテージスピーカーをお薦めしている。というのもこれらは自宅で音楽を聴くのに大変適したスピーカーだと思うからだ。
けれども、私自身は馬鹿でかいホーンスピーカーなども所有していて、業務用が民生用より良い音がすると信じていたバカである。
それをいとも簡単にくつがえしてくれたのがドイツビンテージスピーカーだった。
シーメンスやテレフンケンの業務用がクラングフィルムであるが、ある部分においてはテレフンケンが1番優れていたりする。
しかし、業務用を鳴らすのはそれなりの設備、ノウハウ、スペースと難問が出てくる。こうした難問を全てクリアーしてスピーカーを鳴らしきる人はそう多くはいない。
名器を所有していて、音もそれなりに素晴らしいが、音楽が鳴らない、響きが聴こえない音を聴くことが多いのも正直なところ。
そうしたときに帰宅時に聴くカーステレオの音に救われる気持ちになることもある。

自慢や見栄、ステータスシンボル的な面もオーディオにはある。しかしやはりオーディオは、良い音を聴く道具である
今日、世界が絶賛し認めたものと、日本での評価の違いは一体何か?
もしそれが自宅で鳴らなければ、それはなぜか?
こうしたことを真剣に考えることこそが、どんな名器を手に入れることよりも、大きな進歩になると考えてほしい。当然AH!にしてもである。鳴らないのと鳴らしきれてないのとは大きな違いだ。
傲慢かもしれないが、心を割って話すことができれば、音楽の好き嫌いはあれども、何が大切かは理解しあえると思う。ただしそれにはプライドや見栄を捨てるべきであると、私は日ごろから自問自答を繰り返す。良い悪いという判断はなるべく避け、なぜこの音になるのかを考える。そしてそれが、どうすればどのように変わるのかを探していく。その繰り返しこそが面白いのだ。
私自身、人との対話において、その人と考え方が違うと話すことを躊躇したり、止めてしまうことも多々ある。おおよそ私の意見は、「考え方、視野を広くして下さい」ということに尽きるのだが、ともするとそうした話はプライドを傷つけることになることがあるので。
プライドの高い人ほど、素晴らしい情熱をもっているのに。
音は人なりである。

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